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結論:退職したこと自体が賠償の理由になるわけではない
「辞めるなら損害賠償を請求する」と言われることがありますが、そう言われたことと、実際に支払う義務があることは別です。労働基準法16条は、労働契約の不履行について違約金や損害賠償額をあらかじめ定めることを禁止しています。あらかじめ決めておいた金額を、退職を理由に会社が請求することはできません。実際に賠償が認められるかどうかは、会社側が損害の発生・金額・退職との因果関係を個別に立証できるかによります。
| 状況 | 考え方 |
|---|---|
| 通常の手順で退職した(民法627条1項の期間を置いて申し出た等) | 退職したこと自体は契約違反にあたらない |
| 引き継ぎが多少不十分だった | 会社側が損害の発生と因果関係を立証する必要がある |
| 引き継ぎを一切せず失踪し、具体的な損害が生じた | 賠償が認容された裁判例がある |
| 有期契約を契約期間の途中で辞めた | 期間の定めがあるため考え方が異なる |
根拠:労働基準法16条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。(労働基準法16条)
労働基準法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。つまり、就業規則や誓約書に「退職時は罰金〇〇万円」「即日退職の場合は違約金〇〇円」といった条項があっても、その部分は無効と解されています。会社が請求できるとしても、それは事前に決めた金額ではなく、実際に生じた損害を個別に立証した場合に限られます。
また、民法627条により、期間の定めのない雇用契約は退職の申し入れから2週間で終了します。ルールに沿って退職を申し出ている限り、退職という行為自体が契約違反にあたることはありません。
言われがちな請求の名目と、確認する場所
同じ「損害賠償」でも、何を名目にしているかによって確認すべき点が変わります。
| 言われがちな名目 | 確認する点 | 根拠・考え方 |
|---|---|---|
| 研修費・資格取得費を返せ | 費用の性質と、返還の取り決めの内容 | 労働基準法16条との関係が問題になりうる |
| 引き継ぎをしなかった損害を払え | どのような損害がいくら生じたか | 条文ではなく、会社側が損害と因果関係を示せるかの問題 |
| 代わりを採用する費用を払え | その費用が退職者の行為による損害といえるか | 同上(人員の確保は事業者側の業務) |
| 制服・貸与品の弁償 | 返却の事実と時期 | 返却の記録が残っているかで前提が変わる |
| 給料から差し引く | 控除の根拠が示されているか | 賃金の全額払い(労働基準法24条1項)との関係 |
このうち研修費・資格取得費の返還は、扱いが分かれる論点です。会社が業務のために負担した費用を退職を理由に返させる取り決めは労働基準法16条の趣旨に触れうると指摘される一方、本人が希望して受けた研修費を会社が立て替え、一定期間の勤務で返還を免除する形の取り決めは有効と判断されることもあります。書面の内容によって結論が変わるため、当サイトで一律の判断は示せません。金額が大きい場合は、書面を持って弁護士や労働局の総合労働相談コーナーに相談してください。
貸与品の弁償を持ち出された場合は、返却を済ませてしまうほうが話は単純になります。返し方は退職時の私物・貸与品の返却チェックリストにまとめています。
契約の種類によって考え方が変わる
同じ「辞めた」でも、結んでいる契約によって根拠になる条文が変わります。まず契約書に契約期間の定めがあるかを確認してください。
期間の定めのない雇用契約の場合
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。(民法627条1項)
条文は、後任がいることや引き継ぎが終わっていることを退職の条件にしていません。読み方は退職は2週間前で成立する?民法627条の正しい読み方、段取りは退職代行の流れで扱っています。
契約期間の定めがある場合
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。(民法628条)
何が「やむを得ない事由」にあたるかは条文に書かれておらず、個別の判断になります。後段に損害賠償の責任が定められている点も、期間の定めのない雇用との違いです。なお、有期契約の一部については、労働基準法附則137条に別の定めがあります。
期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。(労働基準法附則137条)
対象になる契約は条文で限定されており、短い契約を反復更新している場合は含まれません。実際の進め方は期間工を契約途中で辞めたいときでも扱っています。
業務委託・請負の場合
民法627条1項も労働基準法16条も、雇用契約を前提にした規定です。契約書の表題が「業務委託契約書」でも実際の働き方によって扱いが変わることがあり、どちらにあたるかを当サイトで判定することはできません。解除や違約金の条項を契約書で確認し、迷う場合は弁護士や総合労働相談コーナーに相談してください。
賠償が認められた裁判例
賠償が認められた例がまったくないわけではありません。公表されている事案では、通常の退職の手順から大きく外れた事情が問題になっています。
ケイズインターナショナル事件(東京地判平成4年9月30日・労働判例616号)では、入社直後に突然出社しなくなり、会社が求人広告費などの損害を被ったとして、200万円の請求に対し70万円の賠償が認容されました。
この事案で問題になったのは、退職を申し出たこと自体ではなく、入社直後に突然出社しなくなり、会社に具体的な費用が生じた点です。会社が賠償を求めるには、どのような損害がいくら生じ、それが退職者の行為によるものだといえるかを、会社の側が示す必要があります。
退職の意思を伝え、引き継ぎに対応した記録が残っていれば、こうした事案とは前提が異なります。いつ何を伝え、どこまで引き継いだかを残しておくことが、そのまま自分を守る材料になります。
実際に請求されたときの進め方
- 何の損害が、いくら、どういう理由で生じたのかを書面で示してもらう
- その場で示談書・合意書・支払いの誓約書に署名しない
- 給与や退職金から差し引かれていないかを給与明細で確認する
給与からの差し引きについては、賃金の支払い方に定めがあります。
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(労働基準法24条1項前段。ただし書は省略)
賃金からの控除には法令や労使協定などの根拠が必要とされています。「損害賠償の分を給与から引いた」と説明された場合は、その根拠が示されているかを確認し、給与明細を保管しておいてください。
脅されたときの対応
「損害賠償を請求する」「訴える」といった発言をされた場合は、まず落ち着いて対応することが重要です。
発言の内容は日時とともにメモに残し、可能であれば録音しておきましょう。感情的に反論せず、退職の意思表示自体は淡々と続けることが大切です。退職届を内容証明郵便で送り、配達証明を付けておくと、いつ何を伝え、それが届いたかを記録に残せます。
会社が本当に法的手続きを取る様子であれば、一人で抱え込まず、労働局の総合労働相談コーナーや弁護士に相談してください。不安な状態が続くようなら、早めに第三者に相談してください。
よくある質問
誓約書に「退職時は違約金◯万円」と書いてあります
労働基準法16条が禁じているのは、労働契約の不履行についてあらかじめ違約金や賠償額を定めておくことです。そうした条項があっても、その部分は無効と解されています。金額を告げられても、その場で支払いに同意せず、書面で内容を確認してください。
退職代行を使ったこと自体を理由に請求されますか
退職の意思表示は本人の意思にもとづくものであれば、伝え方によって効力が変わるものではありません。「代行を使ったら◯万円」といった取り決めをあらかじめ置くことは、労働基準法16条との関係が問題になります。請求を受けた場合の考え方も、ほかの名目と同じです。
弁護士系退職代行の出番
損害賠償をちらつかせるような強い引き止めがある場合、自分だけで会社とやり取りを続けるのは精神的な負担が大きくなります。特にこうしたケースでは、法律的な交渉ができる弁護士対応の退職代行や、労働組合が運営する退職代行を選ぶと安心です。運営主体ごとの違いは退職代行の選び方まとめで解説しています。
運営主体によって、会社に対してできることの根拠が異なります。弁護士・弁護士法人は代理人として会社とやり取りできます。労働組合が運営する退職代行は労働組合法6条の交渉権限にもとづいて交渉し、会社が正当な理由なく団体交渉を拒むことは労働組合法7条2号で禁じられています。民間企業が運営する場合、会社との交渉にあたる行為は弁護士法72条との関係が問題になると一般に解されているため、対応してもらえる範囲は依頼前に各社へ確認してください。料金は料金比較データベースで整理しています。
参考文献
- e-Gov法令検索 民法
- e-Gov法令検索 労働基準法
- 厚生労働省 総合労働相談コーナーのご案内
- ケイズインターナショナル事件(東京地判平成4年9月30日・労働判例616号)
最終更新:2026年8月

